先日スウェーデン映画『ホモ・サピエンスの涙』の試写会に行ってきました。
“映像の魔術師”ロイ・アンダーソン監督が本作で描くのは、時代も年齢も異なる人々が織りなす悲喜劇。構図・色彩・美術と細部まで計算し尽くし、全33シーンすべてをワンシーンワンカットで撮影した。実在の名画の数々からインスパイアされた美術品のような贅沢な映像にのせて「千夜一夜物語」(アラビアンナイト)の語り手を彷彿とさせるナレーションが物語へと誘う。さらに、ビリー・ホリデイ、ザ・デルタ・リズム・ボーイズなど時代を超えて愛される歌声も登場。映画に彩りを与え、ロマンティックな雰囲気を纏わせる。
『ホモ・サピエンスの涙』公式サイトより
マルク・シャガールが好んで描いた、街の上を浮遊する抱きあう恋人同士の絵画に着想を得たという、空を漂うカップルの姿から映画は始まります。オープニングに始まり、全てが絵画のような美しいセット(そう、一つを除いて全部スタジオセットで撮られているのです!)の中で、33篇のエピソードがそれぞれ数分の短さで描かれていきます(上映時間は76分)。
どのエピソードも短く切り取られているので、まるで、通り過がりに目や耳にした出来事のように、私たちは全体像が良く分かりません。それぞれのエピソードには女性の声で「男の人を見た。」「女の人を見た。」で始まる短いナレーションがあり、物語の背景がほんの少し分かるけれど、あとは想像するしかないのです。女性が語る形式は千夜一夜物語からインスピレーションを得ているのだとか。
出来事に積極的に関わらず、どこか遠くから眺めているような語り口は何かに似ているなと記憶を探り、ああ、アンデルセンの『絵のない絵本』だと気が付きました。『絵のない絵本』は月が世界中の空を通り過ぎる数分の間に目にした人生の悲しみや喜びを、毎晩貧しい画家に語って聞かせる形を取った短編集です。月は自分の話を絵にして欲しいと画家に頼み、画家は≪わたしは、わたしなりに、新しい「千一夜物語」を絵であらわすことができるかも≫と考えます。偶然なのか、絵のない絵本は全33篇(33夜)と『ホモ・サピエンスの涙』と同じ話数。隣国デンマークの作家の書いた物語を監督は知っていたのかどうか。
この映画を観ている私たちも、月のような視点で人々の悲しみと喜びの瞬間を通り過ぎ、少し離れたところから眺めます。人生は悲しく、可笑しく、また美しい。それはまた、飾られた数々の絵画の前を通りながら鑑賞しているような趣。画家が切り取った場面を観て、画家の意図を想像したり、表現に目を見張ったり、心打たれたり、ほほえましくなったり、単純に美しさを堪能したりするように、美術館を訪れた気持ちを味わえる映画です。
アンデルセンの『絵のない絵本』は著作権の切れた本をネットに書き起こした「青空文庫」で読むことができます。映画を観る前に読んでみてはいかがでしょう。ちなみに映画を観た後に読むと、『ホモ・サピエンスの涙』の映像で脳内で再現されてしまう不思議。
絵のない絵本(青空文庫) (矢崎源九郎訳)
『ホモ・サピエンスの涙』
2019年製作/76分/G/スウェーデン・ドイツ・ノルウェー合作
ENDLESSNESS/原題:OM DET OÄNDLIGA
後援:スウェーデン大使館
提供:ビターズ・エンド、スタイルジャム
配給:ビターズ・エンド
http://www.bitters.co.jp/homosapi
11/20(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー