スウェーデンの明治村でスクヴェイダーに会う

前回のスウェーデンのヘソに行った話の続きです。
次に訪れたのは野外博物館『Norra Berget Friluftsmuseum』。スウェーデンの野外博物館と言えば、ストックホルムにあるスカンセンが有名ですが、私は行ったことがありません。なので、スウェーデンの野外博物館初体験。入り口を入ってしばらく歩くと、1940年代の暮らしを再現して洗濯をしている人たちが。

実は連れてこられたときには、この公園がどういった施設なのか知らされていず、思ってもいなかった光景にビックリ。世界最古のスカンセンは1891年設立。こちらはそのスカンセンをモデルにして1906年にスンツヴァルに設立だそう。

スウェーデン北部のメーデルパッド地方各地から約40軒の古い建物が移築され、一番古い建物は1300年代だそうです。年代は忘れましたが、古い家の一軒にはいると、当時の暮らしが再現されていました。

こちらはリビングでしょうか。

次は近年の家へ(1940年代かな?)。リビングに入ると、先ほど見学した古い方の家と同じく長椅子のような、ベッドのような、収納のような箱がありました。手元のスウェーデンアンティークの本を見ると、似たスタイルの家具に『utdragssäng』とあり、引き出したり上蓋をとったりすることでベッドになるソファーのようでした。

こちらの近代の家にはキッチンにも当時の服装をした女性が働いていました。

キッチンのオーブンとコンロ台の熱源はもちろん薪です。

それを見て思い出したのが、スンツヴァルで宿泊していた友人宅の離れにあるキッチン。左側の薪コンロはともかく、右側の電気コンロまでもが野外博物館の1940年代のキッチンとイメージがほとんど変わりません(薪が電気になったくらい)。しかも最初の古い方の家の暖炉で使っていた足の長いヤカンと同じものが左端に置いてありました。調理器具の変わらなさに驚き。

話を野外博物館にもどすと、施設内にはショップやレストラン、カフェもあります。このショップは昔のお店を再現した博物館にもなっています。

ところで、ここで何といっても驚いたのが、このウサギの彫像、スクヴェイダー。「これ知っている!」と心の中で歓声をあげてしまいました。

このウサギについてWikipediaの説明を引用します。

スクヴェイダーは20世紀初頭にスンツヴァルのレストランでHåkan Dahlmarkという男が語ったほら話に由来する。Dahlmarkは他の客を楽しませるために、スンツヴァルの北で1874年にこんな動物をしとめたと主張したのである。(中略)博物館の館長Carl Erik Hammarbergは剥製師Rudolf Granbergと知り合いになり、狩りの話と絵について述べてこの動物を復元できないか頼んだ。1918年にGranbergはスクヴェイダーを完成させ、それ以来この剥製は絵とともにこの博物館の非常に人気のある展示品となった。

その剥製の写真がこれです。
By Unknown photographer – Fornminnesföreningen i Medelpad, Copyrighted free use, Link

私は子供のころは超常現象、未確認生物、世界の不思議、といった類をテーマにした本を読んでは空想を巡らせるのが大好きでした。この翼も付いたウサギも、その時に知った一つ。とはいえ、この日までこのウサギがスウェーデンであることも、名前がスクヴェイダーであることも知らなかった(忘れていた?)のですが、この彫像を見た途端、古い友達に再会したような気持ちが沸き上がってきました。
スンツヴァルに来てよかったなあ。
この博物館には建物だけでなく羊、ブタ、ニワトリ、ウサギなど動物も飼われていて、触れ合う楽しみもありました。あちこち覗いたり、歩いたり、動物を眺めたりと楽しく過ごしたのですが、写真がほとんどありません。夢中になると写真なんて撮らないものですね。
とても楽しいので、なかなか普通の観光でスンツヴァルに行く人はいないでしょうが、もしお近くに行ったときは是非。通年かどうかは分かりませんが、この時の入場料は無料でした。夏場は様々なイベントも行っているようです。人気スポットらしく、この時はノルウェーからバスで来た団体さんがいました。詳細は下記リンク先からお確かめください。
Norra Berget Friluftsmuseum
ところで、タイトルの「明治村」は愛知県にある野外博物館です。子供の頃は何度か親に連れられて行ったのですが、関東の方には馴染みが薄いかも。念のため明治村のリンクも下に貼っておきますね。
博物館明治村
ミタ
野外博物館ではないのですが、東映の太秦映画村も関西方面の人にはお馴染みのスポット。これも子供の頃に何度か行ったことがあります。太秦は昭和の初めに火事になったことがあり、衣装のほとんどが焼けてしまったとか。その時に太秦の社員が家を一軒一軒訪問し、不要な着物は無いかと尋ね集めていたのだと祖母から聞きました。今使われている着物の中には祖母の家が出したものもあるのでしょうかねえ?

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