もう3週間ほど前の事なのですが、東京富士美術館で開催中の「東山魁夷」展へ行って来ました。現在改築工事のため休館している長野県信濃美術館東山魁夷館が所蔵する作品を中心に展示されています。
日本画の巨匠、東山魁夷は青い森の中に白馬を描いた「白い馬の見える風景シリーズ」が広く知られていますが、私としては彼が描いた北欧の風景を鑑賞するのが目的でした。東山魁夷は1962年の4月から7月まで北欧4カ国を巡る旅をし、多くのスケッチと作品を残しています(1963年に展覧会にて25点展示)。
期待していたほど北欧の作品は多くは無かったのですが、今もほとんど変わらないであろう、北欧の自然や街角を描いた作品をじっくりと堪能しました。
東山魁夷は、この北欧の旅を1964年にリトグラフに紀行文を添えた画文集にし『古き町にて―北欧紀行』として限定100部をだしています。その画文集は2010年に復刻普及版として簡易版が出版されました。残念ながら既に絶版ですが、驚いたことに地元の小さな図書館にあったので借りてきました。
まずページをめくるとうっとりするような趣のある北欧の地図の作品が迎えてくれました。
紀行文はデンマークの首都コペンハーゲンの街を、フワフワ空を飛びながら解説する空想の世界から始まります。そして、デンマーク紀行、スウェーデン紀行、ノルウェー紀行、フィンランド紀行と続き、最後はまたデンマークへ戻り、再びデンマーク人のカップルが子供から老人へと年を重ねる空想物語で終わります。
魁夷の物を洞察する視線は鋭く、また目に浮かぶような光景の描写は、一流の画家ならでは。短いセンテンスを繋げる魁夷の文章は独特のリズムがあり、簡潔で読みやすいのに、情景を見事に描写していて、こういう文章を書く人になりたいと思わせるものでした。
デンマークについては
デンマーク人はいったいに、北方の人にしては少し陽気である。
「デンマーク人の人は本当の幸福を知っているのかも知れない。元来、幸福ということは消極的な喜びだけを意味するのだろうからね。」
と、まるでここ数年耳にするような事を書いているのには驚かされました。
スウェーデンについては
ストックホルムの街は(中略)何かしら冷厳なものを感じさせる。コペンハーゲンのような人間の体温の感触はない。(中略)人間の中にある闇を、理性の力で払いのけようとする緊張を示すとも云える。
とあり、ああ、何だか分かるなあ、その雰囲気。その後、彼はスウェーデンのダーラナなど地方都市を巡って自然のすばらしさを語っています。
ノルウェーはオスロからフィヨルドを観光し美しさを讃え、フィンランドでは素朴で親切な国民性に感激したエピソードを書いています。フィンランドで面白かったのは、たまたま話しかけた人が新聞記者で取材を申し込まれ、断っても「記事を取らないと叱られる」と強引にインタビューを受ける羽目になり、他にニュースの無い平和な国の有様に羨ましさを覚える話(魁夷は若い頃に留学していたのでドイツ語、英語が出来ました)。
実は私事なのですが、以前フィンランドの買い付けの際にスーパーマーケットにメモ帳を忘れ、半年後に同じスーパーマーケットに行ったら「これはあなたの忘れ物じゃない?」と店員さんに返されたことがあります。その話をフィンランド人の知人にしたところ「私は地元紙に寄稿もしているのだけど、その話を取材させて」とインタビューを受けたことが。スケールは小さいですが、魁夷と同じ体験をしたので「こんな話が記事になるなんて」という彼の戸惑いが何となくわかる。
さて、魁夷は最後の方にこの様な感想を書いています。
私は幼稚園でも入学試験のある残酷な国を想い出した。なぜ、そんなにしなくちゃあいけないのだろうか?この国の子供が本当に子供らしく可愛らしさを持っているわけがわかった。教育は、学問をつめこむということではなく、社会との関連に於ける個人の在り方を知らすということ、いわば、社会人としての節度を無理なく身に着けることにかかっているようだ。
魁夷がこの文章を書いてから半世紀以上の年月が経っています。果たして私たち日本人はこの時から少しは変わっているのでしょうか。
さて、本の最後には収録された魁夷の絵と、実際の場所を照合できる地図がありました。
読み終わって魁夷の足跡を辿ってみたい思いに駆られました。まずはデンマークの古都リーベに行ってみたいなあ。
文章だけでなく、当然ながら絵の全てが見飽きない程に素晴らしい。絶版なのですが欲しくなりAmazonを見ると古本の扱いがありました。お値段が、た、高い…!悩む。
「東山魁夷」展は下記日程で東京富士美術館にて開催されています。もうすぐ終わってしますので、興味のある方はお早めに!
期間:2018年1月2日(火)~3月4日(日)
住所:東京都八王子市谷野町492-1
http://www.fujibi.or.jp/
なお、同美術館では夏に「長くつしたのピッピ展」開催とか。そちらも楽しみです。
ミタ
魁夷が北欧に行った5年ほど後の1960年代終わりに、母方の叔母が大学の卒業旅行でヨーロッパを巡り、デンマークにも行っています。先日たまたまそんな話になり、聞くと当時はツアー代金が60万円だったとか。その時に叔母が買って帰ったカイ・ボイスンの衛兵人形をもらって、子供時代に本当によく遊んだのですが、ある日飼い犬が噛んでボロボロにしたので捨ててしまいました。
実は当時はデンマークという国も知らず、衛兵イコール英国と思っていたので、てっきりロンドンに駐在していた父方の叔父のお土産と思い込んでいました。
それがカイ・ボイスンと知ったのは、随分大人になってから、今は無き六本木のデンマークカフェ「デイジー」に飾ってあったのを見た時。お店の人に尋ねて初めて勘違いに気が付いた、というわけです。