フィンランドのお隣、バルト三国のひとつであるエストニアの映画『こころに剣士を』を公開に先駆けて鑑賞しました。『ヤコブへの手紙』のフィンランド人監督、クラウス・ハロによる2015年の作品。アカデミー賞の外国語映画賞フィンランド代表作品に選ばれています。
現代においても小国はしばしば大国の政治に巻き込まれ、国民は否応なしに翻弄されてしまいます。物語の舞台となるエストニアもその一つ。これは1950年代初頭にドイツとソ連(現ロシア)に運命を翻弄された実在のフェンシング選手の実話をベースに作られた物語です。
エストニアは1940年ソ連により武力併合されました。第二次世界大戦でナチス・ドイツが侵攻してくると、ソ連の圧政から逃れるため、むしろそれを歓迎しドイツ軍に加わる人も現れます。ドイツが負けて終戦となり、ソビエト連邦に再度吸収されたとき、ソ連はドイツ軍に所属していたエストニア人を戦争犯罪人として追放、投獄しました。物語の主役であるエンデルも、ドイツ軍側であったために追われる一人です。
フェンシングの有名選手であった彼は、ソ連の秘密警察から身を隠すため、片田舎のハープサルの中学校で体育教師としての職を得、仕方なく子供たちにフェンシングを教え始めます。
いつ誰が強制収容所に連れて行かれるか分からない、隣人も信用できない鬱屈した暮らしで、暗い表情をしていた子供たちはフェンシングに没頭することで次第に表情に明るさが戻ってきます。父親を収容所へ連れて行かれた少女マルタはエンデルを父のように慕い、父も祖父も収容所へ奪われた少年ヤーンは祖父の残した剣を手に練習に励むことで重い現実を振り払おうとします。
1年ほど経ったある日、子供たちはソ連のレニングラードで開催される大会に出たいとエンデルに訴えます。エンデルがレニングラードに行けばソ連に逮捕される危険がある、けれども大会に出ないと子供たちの信頼や希望を断ち切ることになる。エンデルは迷い、葛藤し、一度は出場しないと決めたものの、思いとどまり、大会に出ることを選択します。
子どもたちの試合の行方は?そしてエンデルの運命は?
激しい銃撃戦があるわけでも、派手な逃亡劇があるわけでもなく、物語は静かに、淡々と進んでいきます。それだけに、暗闇の足音、不意の訪問者に、いよいよその日が来たかと顔色が変わるエンデルの緊張感がひたひたと心に迫ってきます。
気を緩めることのできない日々の暮らしの気持ちを支えているのが、子ども嫌いの彼が隠れ蓑としている教師の仕事で出会った子どもたちの成長。他に楽しみもないのでしょう。厳しい指導にもついていき、熱心にフェンシングを練習して、彼を慕う子どもたちの可愛らしいこと。
大会のためレニングラードに行くことを、同僚の教師であり恋人のカドリが「捕まってしまう」と反対すると「もう逃げるのは嫌なんだ」と答えるエンデル。それは試合で、圧倒的に優位な敵の選手と対した子供へ「引くな、前へ進め」と指導する自分の言葉と重なります。
逃げちゃだめだ、それはエンデルが子供たちに教えた事であり、子供たちからエンデルが教わった事。右手に剣を持ち、左手を高く掲げて、まっすぐ相手に向かい、前を見て進む。逆境に立ち向かう、こころの中の剣士を奮い立たせてくれる映画です。
2016年12月24日からヒューマントラスト有楽町他、全国で公開予定。劇場、上映スケジュールなど詳細は下記リンク先の公式サイトからご確認ください。
『こころに剣士を』公式サイト
また、フクヤではペア割引券を、店頭、あるいはネットでお買い物の方に差し上げています。ご注文の際にはお忘れなくお申し込み下さい。
© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
原題:THE FENCER
監督:クラウス・ハロ/99分
出演:マルト・アヴァンディ、ウルスラ・ラタセップ、レンビット・ウルフサク、リーサ・コッペル、ヨーナス・コッフ
フィンランド/エストニア/ドイツ合作 カラー シネスコ
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
ソ連の圧政から逃れるためにエストニアから小さな漁船で荒海に乗り出し、スウェーデンに亡命する人たちがいました。ウプサラ・エクビィのデザイナーであるマリ・シムルソン、そして映画の舞台と同じハープサル出身のイラストレーターのイロン・ヴィークランドもその一人。ヴィークランドは「長くつ下のピッピ」で知られるアストリッド・リンドグレーンに信頼され、「やかまし村の子どもたち」シリーズなど多くの作品に挿絵を描いています。彼女は自伝絵本「ながいながい旅」でエストニアからスウェーデンに至る少女時代の話を描いています。